私のカメラ自慢(ライカ DⅢ)
先日ポコパパたちとの佃島撮影会の帰り、銀座4丁目付近でスナップをしているカメラマンを見かけた。斜め後ろから目に入ったカメラは沈胴エルマー5㎝ f3.5つきのM(2か3)型ライカ、やはり一寸目を惹く。この組み合わせ、マニアっぽいな、でもやはりエルマーなら相性はバルナックタイプかなど
ど余計なことを考えながら帰ってきた。この思いが残っていたのか、なんとなく今回のテーマはライカにしよう、それもM型ライカではなく、それ以前の最高にレトロっぽい「DⅢブラック」と「ニッケルズマール」の組み合わせでいこうと決めた。
ところでこの時代のライカの形式名称は複雑で、この「DⅢ」は日本式呼び名であり、本家ライツでは「Ⅲ型」、アメリカでは「F型」と呼ばれていた。便宜上ここではDⅢとするが日本でも最近はⅢ型と呼ばれることが多い。DⅢはDⅡ(Ⅱ)型にスローシャッターを追加装備した距離計連動カメラで、1933年にライツ社から発売された。私の所有しているDⅢは黒塗りニッケルメッキ仕上げの初期タイプ、レンズは4群6枚構成のニッケルズマール5㎝ f2である。当時の表現で標準高速鏡玉といわれ、ライツとしては画期的な大口径レンズであった。20年.以上前、まだライカブームもさほどでなかったころ、この品のある、そして黒塗りとの対照が一寸渋いシャンパンゴールドに輝くニッケルメッキのボディとレンズのコンビに魅せられて中古カメラ店を探し回ったものであった。おそらくクラシックライカの中では最高に美しい組み合わせと思っている。また、使い込んで黒塗りの剥げた部分の下地の金色がなんともいえない趣きを感じさせる。同じDⅢでもこの種類のものは少なく、後期は黒塗りクロームメッキ(セミクローム)、最後期はすべて総クローム仕上げとなった。因みに№からするとボディは1935年、レンズは1934年の製造である。
この時代、ちょうどツアイスからコンタックスが発売されている。当時世界一のカメラメーカーであるツアイス・イコンがライカに対抗して同社の技術を結集して作り上げたコンタックスはまさにライカのよきライバルとして人気を博した。この両者の優劣論議が大きな話題となったが、最終的には約30年後の1961年、ライカが100万台生産達成の年、コンタックスは生産中止となりこの論争に終止符が打たれた。
さてこのDⅢ、なんといっても70年前のカメラである。私の個体もスローシャッターがやや怪しい。機械式であるから修理可能といっても私のカンでは今の状態で微妙にバランスがとれているような気がする。1/20以上ではほぼ正常と思われるので下手にいじらないほうがいい。ライツオリジナルを壊したくないという気持ちも重なるのか、不思議に古いライカにはこのように思わせる何かがある。これも一種のライカ信仰のなせる業なのであろうか。ズマールはいまの蒸留水レンズに比べれば理論的には欠点だらけである。フレーヤーがひどい、線が太い等々。但し最近の優秀なフィルムで撮るとまた面白い再発見もある。欠点も使用者の独断と偏見で味のある描写になる。
いまこのDⅢを手にしてみると現在のデジカメにはまったく感じられない人間味、モノとしての価値観の違い、当時の設計者とユーザーの熱い思いなどが心に伝わってくる。そして70年を経た今、利便性を代償として、我々はとても大事な何かを失いつつあるような気がしてならない。
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